帯状疱疹ワクチンで認知症を防げる?──最近話題の"脳を守る"新しい可能性
最近、「帯状疱疹(たいじょうほうしん)のワクチンが、認知症の予防にも関係しているかもしれない」というニュースを耳にしたことはありませんか?少し意外に感じるかもしれませんが、世界中でこのテーマに関する研究が進み、大きな注目を集めています。
ここでは、医療機関として患者さんにお伝えしたい「帯状疱疹ワクチンと認知症の関係」について、わかりやすく解説します。
帯状疱疹とはどんな病気?
帯状疱疹は、水ぼうそうを起こすウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス:VZV)が原因の病気です。一度水ぼうそうにかかった人の体の中には、このウイルスが神経の奥に"潜んだまま"残ります。
年齢を重ねたり、疲れやストレスで免疫力が落ちたりすると、眠っていたウイルスが再び活動を始め、皮膚の神経に沿って発疹や痛みを引き起こします。これが「帯状疱疹」です。
強い痛みが長く続いたり(帯状疱疹後神経痛)、顔や目に症状が出ると重い後遺症を残すこともあります。
ワクチンで防げる時代に
近年、日本でも50歳以上の方を対象に「帯状疱疹ワクチン」が接種できるようになりました。現在使われているのは主に次の2種類です。
- 生ワクチン型(乾燥弱毒性ワクチン/ビケン):1回接種、予防効果約50~60%、効果の持続期間は約5年程度
- 不活化(リコンビナント)ワクチン(シングリックス):2回接種でより強い効果、予防効果約95%、効果の持続期間は現時点(2025年)では10年以上
このワクチンを受けることで、帯状疱疹そのものや、つらい神経痛のリスクを大きく減らすことができます。
「ワクチンが認知症を減らす?」という発見
ここ数年、世界の研究で「帯状疱疹ワクチンを受けた人は、認知症を発症するリスクが下がっていた」というデータが続々と報告されています。
ウェールズでの大規模研究(2025年4月発表)
科学誌「Nature」に掲載された研究では、英国ウェールズで28万人以上の健康記録を7年間追跡調査しました。その結果、帯状疱疹ワクチンを接種した人たちは、接種していない人に比べて約20%認知症になりにくかったという結果が出ています。
この効果は特に女性で顕著でした。また、認知症予防効果は接種後すぐには現れず、約1年から1年半が経過してから明確になることもわかりました。
米国での研究(2024年7月発表)
医学誌「Nature Medicine」に発表された20万人以上を対象とした研究では、新しいシングリックスワクチンを受けた人は、認知症を発症せずに過ごせる期間が平均で約164日(約5~9ヶ月)長かったという報告があります。こちらも女性でその傾向が強かったというデータが出ています。
オーストラリアでの追跡研究(2025年4月発表)
ウェールズの研究結果を検証するため、オーストラリアでも同様の準実験研究が行われ、ワクチン接種により7.4年間で認知症診断が約3.9ポイント減少することが確認されました。
なぜ認知症と関係するの?
一見関係のなさそうな帯状疱疹と認知症。しかし、最近の医学では「ウイルスと脳の健康」には深い関わりがあることがわかってきました。
帯状疱疹の原因ウイルス(VZV)は神経の中に潜むため、再び動き出すと神経や脳に小さな炎症を起こすことがあります。こうした慢性的な炎症が長く続くと、脳細胞の働きが落ちていく――それが認知症の原因のひとつではないかと考えられています。
つまり、「ワクチンでウイルスの再活性化を防ぐことが、結果的に脳を守ることにつながるかもしれない」という仮説が、いま世界中の研究者に注目されています。
また、シングリックスに含まれる免疫賦活成分(アジュバント)が、脳の健康維持に良い影響を与えている可能性も指摘されています。
まだ"確実に防げる"とは言えないが…
ここで大切なのは、「ワクチンを打てば認知症を防げる」と言い切れる段階ではまだないという点です。これまでの研究は、多くが「準実験研究」といって、自然に発生した状況を利用して因果関係を推測するものです。
ワクチンを受けた人は健康意識が高く、生活習慣も整っていることが多いため、そうした要素も結果に影響している可能性があります。
それでも、複数の国で同じ傾向が確認されているのは事実であり、「帯状疱疹ワクチンが脳にも良い影響を与えるかもしれない」という希望が見えてきたのです。現在、より確実な証拠を得るための大規模なランダム化比較試験の実施が検討されています。
日本でも2025年4月から定期接種が開始
日本では2018年に「シングリックス(不活化ワクチン)」が承認され、2025年4月からは定期接種がスタートしました。
定期接種の対象者
- 原則65歳の方
- 60~64歳で、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による免疫機能障害がある方
- 経過措置として2025~2029年度の5年間は、その年度に70、75、80、85、90、95、100歳になる方も対象
(定期接種では、自治体によって助成金が出る場合もありますので、かかりつけ医やお住まいの市区町村のホームページで確認してみてください。)
なお、50歳以上の方は定期接種の対象外でも任意接種として受けることができます。
医師が伝えたいポイント
- 帯状疱疹ワクチンは、まずは帯状疱疹や神経痛を防ぐ目的で接種します。
- 現時点で「認知症予防」が正式な適応となっているわけではありませんが、脳の健康にも良い影響がある可能性が複数の研究で報告されています。
- 接種するかどうかは、年齢・体調・免疫の状態によって異なります。かかりつけ医に相談して判断しましょう。
- 認知症予防には、ワクチンだけでなく、運動・食事・睡眠・社会とのつながりがとても大切です。
まとめ:帯状疱疹の予防が、脳を守る一歩に
「帯状疱疹のワクチンで認知症を予防できるかもしれない」という話題は、まだ研究の途中段階です。しかし、帯状疱疹そのものを防ぐ効果は確実にあり、そのうえで"脳にもよい影響があるかもしれない"とすれば、まさに一石二鳥といえるでしょう。
「痛みを防ぐ」「生活の質を守る」「脳の健康を保つ」――この3つの視点から、帯状疱疹ワクチンを前向きに検討してみてはいかがでしょうか。
参考文献
- Eyting M, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025 Apr.
- Taquet M, et al. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nat Med. 2024 Oct.
- 厚生労働省「帯状疱疹ワクチン」

片山クリニック
院長 矢島 秀教
- 日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医
- 日本消化器病学会専門医
- 日本医師会認定産業医
