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免疫の"ブレーキ役"Treg(制御性T細胞)とは——体を守る新しい仕組み

[2025.10.06]

 「免疫」と聞くと、多くの方は「体を守ってくれるもの」「強い方がいい」というイメージを持たれるのではないでしょうか。確かにその通りですが、実は免疫には意外な一面があります。

 それは、免疫は「攻撃する力」だけでなく、「抑える力」も必要であるということです。

 この免疫の抑制機能を担うTreg(制御性T細胞)という細胞について、その仕組みと私たちの健康との関わりについて解説します。


免疫が「強すぎる」ことの問題

 まず、免疫の基本的な役割について考えてみましょう。

 私たちの体には、24時間365日働き続ける防御システムがあります。それが免疫です。インフルエンザウイルス、食中毒の原因となる細菌、体内で発生するがん細胞——こうした「異物」や「脅威」を見つけて排除することで、私たちの健康は守られています。

 しかし、免疫には重要な課題があります。それは「何が攻撃すべき対象で、何が保護すべき対象か」を正確に識別しなければならないということです。外部から侵入した病原体は排除すべきですが、自分自身の細胞や組織を攻撃してはいけません。

 ところが、この識別機能に異常が生じることがあります。

自己免疫疾患:自分を攻撃する病気

 免疫が自分の体を「敵」と誤認して攻撃してしまう状態を自己免疫疾患と呼びます。

代表的な例として:

  • 関節リウマチ:関節組織が攻撃され、痛み・腫れ・変形が生じる
  • 1型糖尿病:膵臓のインスリン産生細胞が破壊される
  • 橋本病・バセドウ病:甲状腺が標的となる
  • 潰瘍性大腸炎・クローン病:消化管に慢性炎症が起こる
  • 全身性エリテマトーデス:全身の複数臓器が影響を受ける

アレルギー:無害なものへの過剰反応

 また、本来は無害な物質を「脅威」と誤認して過剰に反応してしまう状態がアレルギーです。

  • 花粉症:花粉に対する過剰な免疫反応
  • 食物アレルギー:特定の食品成分への過剰反応
  • アトピー性皮膚炎:様々な刺激に対する皮膚の過敏反応
  • 喘息:気管支における過剰な炎症反応

 これらの疾患は、「免疫が弱い」のではなく、むしろ「免疫が過剰に働きすぎる」ことが問題の本質です。


免疫における「制御」の重要性

 ここで登場するのが、本記事の主題であるTreg(制御性T細胞)です。

免疫のバランス調整機構

 免疫システムを車の運転に例えると、理解しやすくなります。

攻撃型の免疫細胞=アクセル
 病原体を検出すると迅速に反応し、増殖・攻撃を行います。このアクセル機能がなければ、感染症に対抗できません。

Treg=ブレーキ
 免疫反応が過剰にならないよう、適切なタイミングで抑制します。

 アクセルのみでは車は暴走し、ブレーキのみでは前進できません。両者がバランスよく機能して初めて、安全に目的地へ到達できる——免疫システムも同様の原理で成り立っています。

Tregの役割

 Tregは、体内で免疫全体を調整する重要な機能を担っています。

具体的な働きとして:

  • 活性化した免疫細胞の過剰な反応を抑制する
  • 炎症反応が必要以上に拡大しないよう制御する
  • 自己組織への攻撃を防ぐ
  • 無害な抗原(食物、常在菌など)への過剰反応を防止する

 このブレーキ機能が適切に働いていれば、免疫は最適にコントロールされます。しかし、ブレーキが不十分であったり機能不全に陥ると、免疫が暴走してしまいます。


Tregと疾患の関係:病態ごとに解説

 Tregは「免疫抑制」という機能を持つため、疾患によって、Tregを増強すべき場合と減弱すべき場合があるという興味深い特徴があります。

Tregが不足している病態:自己免疫疾患・アレルギー

関節リウマチを例に考えてみましょう。

 患者さんの関節では、免疫細胞が自己組織を持続的に攻撃しています(アクセル全開状態)。本来であればTregがこの反応を抑制するはずですが、Tregの数が少ない、あるいは機能が低下しているため、ブレーキが効かない状態になっています。

 その結果、炎症が慢性化し、痛み・腫れ・関節破壊が進行します。

1型糖尿病でも同様の機序が働いています。膵臓β細胞への自己免疫攻撃をTregが十分に抑制できず、インスリン産生能力が失われていきます。

花粉症やアトピー性皮膚炎では、本来無害な花粉やダニなどに対して免疫が過剰反応しています。Tregが適切に機能すれば、「これは危険ではない」という情報を免疫系に伝達できるはずですが、それが不十分な状態です。

 これらの疾患では、Tregの数や機能が低下していることが研究で明らかになっており、それを補うアプローチが検討されています。

特殊な応用:移植医療

 臓器移植を受けた患者さんは、移植臓器を免疫が「異物」として認識し攻撃する(拒絶反応)を防ぐため、生涯にわたって免疫抑制薬の服用が必要です。

 しかし、免疫抑制薬には以下のような課題があります:

  • 感染症リスクの増大
  • 悪性腫瘍発生リスクの上昇
  • 腎機能障害などの副作用
  • 生活の質への影響

 Tregの理解が進むことで、移植臓器への攻撃のみを選択的に抑制し、他の病原体に対する免疫機能は維持するという、より精密な免疫制御の可能性が探られています。

Tregを抑制すべき病態:がん

 がん治療においては、状況が完全に逆転します。

 がん細胞は免疫から逃れるために、様々な戦略を持っています。その一つが、腫瘍周囲にTregを集積させ、抗腫瘍免疫を抑制する「免疫抑制環境」を形成することです。

 がん患者さんの腫瘍組織を解析すると、しばしば高濃度のTregが観察されます。本来であれば免疫細胞ががん細胞を攻撃すべきところ、Tregがその攻撃を抑制してしまっているのです。

 一般的に、腫瘍内Treg密度が高いほど予後不良の傾向があることが報告されています。

 そのため、がん治療においては、Tregの機能を抑制する、あるいは数を減少させることで抗腫瘍免疫を回復させるという戦略が研究されています。近年注目されている免疫チェックポイント阻害剤(ニボルマブなど)も、広義には免疫抑制を解除する治療法です。


生活習慣病とTregの関係

 近年の研究により、Tregは従来「免疫疾患」とは考えられていなかった病態にも関与することが明らかになってきました。

肥満・メタボリックシンドローム・2型糖尿病

 肥満状態では、脂肪組織において慢性的な炎症が生じることが知られています。健康な脂肪組織にはTregが豊富に存在し、この炎症を抑制する役割を果たしています。

しかし、肥満が進行するとこのバランスが崩れます。Tregの減少または機能低下により脂肪組織の炎症が悪化し、以下のような代謝異常につながります:

  • インスリン抵抗性の発症
  • 血糖値の上昇
  • 2型糖尿病の発症・進行

動脈硬化

 動脈硬化は血管壁へのコレステロール蓄積と、それに伴う慢性炎症によって進行する疾患です。ここでもTregが炎症抑制の役割を担っていることが示されています。

脂肪肝・心血管疾患

 非アルコール性脂肪肝疾患や心血管疾患においても、慢性炎症が病態形成に関与しています。Tregはこれらの炎症を制御する機能を有しており、疾患の進行抑制に寄与している可能性が示唆されています。

 つまり、Tregは自己免疫疾患やアレルギーだけでなく、現代社会で増加している生活習慣病とも深く関連していることが明らかになってきたのです。


まとめ:免疫における「バランス」の重要性

 本記事でご紹介したTregの機能と疾患との関わりから、重要な原則が見えてきます。

 健康とは、免疫が強力であれば良いというものではなく、「攻撃機能」と「抑制機能」の絶妙なバランスによって維持されている——これが現代免疫学の示す知見です。

 自動車にアクセルとブレーキの両方が不可欠であるように、免疫システムにも「攻撃」と「制御」の両機能が必要なのです。

 Tregの発見と研究により、自己免疫疾患、アレルギー、移植医療、がん、さらには生活習慣病まで、私たちが免疫のバランス異常をどのように理解し、向き合っていくべきかについて、新しい視点がもたらされました。

 免疫の「抑える力」という概念は、これまでの「免疫は強ければ強いほど良い」という考え方を見直すきっかけとなり、より精密で個別化された医療への道を示しています。

片山クリニック
院長 矢島 秀教

  • 日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医
  • 日本消化器病学会専門医
  • 日本医師会認定産業医
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